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新・大手食品営業マンの告白~大阪恋物語“番外編”(5)

山笠太郎

 

<噛むほどに味わいのあるジンさん>

 こんな調子で、ジンさんとはアフターファイブもよく行動を共にした。2人の行きつけのお店は、会社帰りの路地裏の片隅にあった。ジンさんはそこを「ややこしいおっちゃんの店」と呼んだ。

 店内は10席ほどのカウンターがあるだけの小汚いカラオケバーといった風情。結局、正式なお店の名前はわからずじまいのまま今に至っている。小生とジンさんはお互い営業で忙しい身ながら、週に2回は「ややこしいおっちゃんの店」に出没した。その店は70代とおぼしきじいさんが仕切っていて、昼間出会ったらまず関わり合いたくない怪しげな風貌をしたマスターだった。

 「ジンちゃん昼間おいで、え~もん見せたるさかい」がマスターの口癖だった。推定40代後半の色白豊満なおばちゃんがパートとして補佐していた。このおばちゃんが居なければ、この店絶対成り立たんやろ~状態だった。マスターは抜けた歯の間から息が漏れ、何を言ってるかサッパリ意味不明。関西弁でいつもブツブツと毒を吐いているみたいだった。

 店に10分も滞在していれば、普通に目の前を何食わぬ感じでゴキブリがスルスルと通っていく。最初は「ウワ~」とビビったものの、常連になると慣れっこになってしまうのだから、人間の適応力とは不思議なものだ。パートのおばちゃんが作る「ネギ焼き」は絶品だった。もしかすると、今まで食べた「ネギ焼き」のなかで一番おいしかったかもしれない。これもまた懐かしい味の思い出の1つ。

 ジンさんが運転する営業車の助手席に乗るときは要注意だ。とにかくジンさんは、運転しながらひたすら喋くりまくっている。話しが乗ってくると、「なぁ、山笠はん、そうでっしゃろ!!どない思いますぅ~?」と助手席の小生に同意を求めてくる。

 「あ~っ、ジンさん前向いて、前向いてぇ~」と思わず絶叫することもしょっちゅう。とくに高速道路を走行中は話に夢中になり過ぎて、わき見運転どころではなく、どんどん速度が落ちてくる。車線で50キロまで速度が落ちてくるとさすがに、「ジンさん危ないって」と思わず叫ぶ。それでもジンさんは「無事故無違反」だった。

 カラオケにもよく行った。自称ジャズ好きなジンさんの十八番は「思い出のサンフランシスコ」だった。バリトンボイスで渋い歌声のため、彼の「マイウェイ」が大好きだった。「オレもいつか、ジンさんのように人生の深みを感じさせる味のあるマイウェイを歌ってみたいなぁ。まだまだ修行が足りんばい」とジンさんの歌に耳を傾けながら、そんなことをボンヤリと思っていたものだ。

 小生、いまだにジンさんの境地に至らず。そんなわけで今も「マイウェイ」は封印している。フランクシナトラ、エルビスプレスリーの次に、ジンさんの歌う「マイウェイ」が大好きだ。気が付けばそんなスリルとサスペンスに満ちたジンさんにお世話になった大阪生活も3年が過ぎようとしていた。ジンさんの味わいは噛めば噛むほどに小生の心を魅了した。

 そして、本社コンシューマー部門への異動を命ぜられた。大野課長の部下となることになったのだ。「俺が山笠さんのサラリーマン人生変えちゃったみたいだけど、ようやく一緒に仕事ができるね」と、大野課長は笑みを浮かべながら言った。「とんでもなかです」としか答えようがなかった。

 「山笠はん、よかったんやありませんか? 大野はんの下で仕事することになって」とジンさんは喜んでくれた。

 

<突然の惜別>

 それからずいぶんと時が過ぎ、小生も古巣の健康食品事業部門のマーケッター兼営業課長となっていた。既に大阪から離任し、5年が過ぎた。

 ジンさんも60歳を越え、再雇用の身ながら相変わらずブイブイいわせていたようだ。小生が健康食品部門の営業課長に就任するや、彼はいじらしいくらい健康食品の商売ネタを持ってきてくれた。

 「こんな話があるんやけどなぁ、俺もなぁ、健康食品だけはよう売る自信ないさかい、山笠はん、大阪に来て手伝うてぇや~」と。そのほとんどはハズレであったが(汗)、しか~しである。たま~にビックリするような大型商談も決めてくれたりして、それはもうありがたかった。そんなとある日のことだった。

 「山笠さん…ジンさんが今朝死んだ…」との一報を大野さんから聞いた。心筋梗塞だった。「山笠はん、ほなさいなら」と声がした。

 葬儀場の駐車場はあらゆる食品メーカーの営業車でぎっしりだった。皆、営業の合間を縫って「お別れ」に来たのだ。もちろん問屋の営業もしかりである。△△通商ガモウ社長も「ジンちゃん…」と人目をはばからず号泣していた。葬儀の最前列には、関西〇〇物産の内田相談役が杖を片手に陣取っていた。

 「ジン…わしのが先逝くはずやなかったんかぃ」とブツブツ呟くように声を絞り出していた。「ジンさん…あかんて…」と大泣きしているのは、カミトー商事のベ~やん。小生はそんな涙・涙の「喧騒」から席を外した。「金色に染まった街が哀しいほどきれいやね…」、やしきたかじんの歌を思い出しながら、葬儀場のロビーで車の往来を眺めていた。

(了)

 

<プロフィール>

山笠太郎(やまがさ たろう)

 1960年生まれ。三無主義全盛のなか、怠惰な学生生活を5年過ごした後、大手食品メーカーにもぐり込む。社内では、山笠ワールドと言われる独特の営業感で今日に至る。博多山笠は日本一の祭りであると信じて疑わない。

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